絶望も“終わり”ではない
昨日、幸運にも
特別な試写会の場に参加させて頂きました。
映画『エリック・クラプトン 〜12小節の人生〜』
公式サイト
タイトルの “12小節” とは、
ブルース音楽の曲が、基本的に12小節の形式で作られることから来ている。
彼は「ブルース・ギターの神様」であるだけでなく、
自らの人生で この “ブルース” を体現している…
まさに それを感じさせるタイトルとストーリーのドキュメンタリーだった。
80年代に彼の音楽に現在進行形で出会った僕は、
彼を取り巻く壮絶な出来事・エピソードのいくつかを、既に耳にはしていたけれど…
本当は何が起こっていたのか、僕は何も知らなかったのだ、という思いだ。
その状況、心情…。
ましてや、小さい頃の実母とのエピソードなどは まったく知らなかったことがほとんどで、
その後 大人になってからの数々の “事件” と共に、
「僕だったら生きていられたか分からない」と思わずにはいられない状況の連続で、
胸が締め付けられる思いだった。
(一緒に行った友人も、涙が止まらなかった、と目を赤くして言っていた)
=====
個人的には、
パティ・ボイドとの大恋愛について
クラプトンや第三者の証言だけでなく、
もう一人の当事者である パティ本人からも語られたのが、とても興味深かった。
(この2人の関係によって、彼の代表曲『いとしのレイラ』や同名の名作アルバム、パティの当時の夫であったジョージ・ハリスンのビートルズ名曲『サムシング』等が生まれたのは、有名)
クラプトンが一方的に彼女に思い焦がれただけでなく、
その告白、したためた特別な手紙、そして彼女への想いだけを綴ったアルバムに触れた際に、
間違いなく パティの方にも “スパーク” が感じられていたことが、ハッキリと語られている。
最終的には、2人が連れ添う関係は 終焉を迎える訳だが…。
========
その後も、信じられないような悲痛な出来事が起こるが、
彼は気丈にも生き続けた。
その魂の叫びを 唯一無二の音楽に昇華させているだけでなく、
自らの体験を生かして、アルコールと薬物常習者のリハビリ施設を作って運営したり、
ついに現在の素晴らしい奥様と出会って、
子供たちと共に、
本人が「本当に幸せ者だ」と口にする家庭を築くに至っている。
今の “幸せな” 状況に至らなかったとしても、
彼は この現実世界に生を受けた “役割” を自ら見出して 全うしている、と 個人的には感じるが、
それでも、
どんなに 自分を完全に打ち砕くような絶望に出会ったとしても、
それは “この世の終わり” ではなく、
人生という物語のフィナーレでもない、
と、彼の生涯の一部を見て 感じさせてもらえるのは、
多くの人にとって、多大な救いになるだろう。
そう感じた。
==========
ちなみに、この試写会、
御大=ピーター・バラカンさん や、
かのウドー音楽事務所のトップ級の方々などが登壇して、上映前トークをして下さいました。
非常に特別な時間でしたねぇ☆
==========
では また、スクリーンでお会いしましょぅ〜
See you on the Screen!!! ☆☆☆
ジョニー